足利 義昭
足利 義昭(あしかが よしあき)は、室町幕府最後の第15代将軍である。1537年~1597年。足利 義晴と近衛 尚通の娘である慶寿院の次男として生まれ、幼い頃に仏門に入り覚慶と名づけられた。義昭は高僧への道を歩んでいたが、1565年に母親と長男が永禄の変で殺されてしまったため、第15代将軍に就任。信長と対立した際に築き上げた「信長包囲網」は有名である。正式に元服したのは1568年、31歳の時のことで、当時にしては非常に遅すぎるものであった。そうしてようやく「義昭」と改名し、第15代将軍として朝廷から将軍宣下を受けた。織田 信長によって室町幕府を倒されたが、将軍としての活動は続けられる状態で、待遇も征夷大将軍並みだったとされている。晩年は出家し、秀吉の御伽衆に任命され穏やかに過ごしたようだ。