佐久間 盛政
佐久間 盛政(さくま もりまさ)1554~1583年。佐久間 盛次の子で武将であり織田 信長の家臣。かなりの巨漢としても有名で、当時の日本人としては珍しく身長が182センチメートルもあったと言われている。柴田 勝家は叔父にあたり、本能寺の変の後は勝家に従っていた。一向一揆戦などの戦いぶりを称され、『鬼玄蕃』という異名を付けられるほど勇猛だったとされている。その後も賤ヶ岳の戦いを勝利に導くなど実績を重ねていったが、勝家の本陣と合同で羽柴 秀長の陣を討つ計画が秀吉によって壊され、秀吉軍に大敗するという結果を呼んでしまった。盛政は再起を図るため落ち伸びようとしたが捕らわれてしまい、宇治で斬首。享年30であった。