井伊 直政

井伊 直政(いい なおまさ)は、安土桃山時代~江戸時代の武将・大名。1561年~1602年。遠江井伊谷に生まれる。父、井伊直親は今川氏の家臣だった。直政の祖父は桶狭間の戦いで戦死した。直政は幼少の頃から文武両道に励んでいたが不遇な少年時代を送る。しかし、1575年、徳川家康に見出され、取り立てられて旧領井伊谷を与えられ、後に徳川四天王の一人に数えられる。直政は部下に厳しく、処罰する時は容赦せず戦の時は部将になっても先陣に立ち、戦うという激烈な性格だったと言う。その性格だからこそ、大きな功績を残せたのだと言われている。天下分け目の合戦『関ヶ原の戦』で功をあげ、石田三成の居城であった佐和山城を与えられ、18万石の大名となった。しかし、三成は領民の信望が厚かった。そこで直政は佐和山城に入城すると、三成の方針をそのまま受け継ぐと領民へ伝えたため、皆から厚い信頼を得ることができた。