武田 信玄
武田 信玄(たけだ しんげん)は、戦国時代の武将・大名で、甲斐国の守護。1521年~1573年。甲斐国・積翠寺城で生まれた。幼名は勝千代。元服して晴信となり、仏門に入って信玄を名乗る。父は18代当主で、甲斐を統一して戦国大名としての地位を確立した勇将である。しかし、弟が生まれると、父の寵愛は弟へ移り確執が強まっていく。そして1541年、不和であった父を駿河に追放して甲斐・武田氏19代当主となる。最初の結婚は1533年、父の政略により上杉朝興の娘と結婚するも翌年、難産のため母子共に死去してしまう。1536年、継室に左大臣・三条公頼の娘三条公頼の娘と結婚。その後、側室を含め計6人との間に7男5女、計12人の子供を儲けるが長男と三男は亡くなり、二男は目が不自由だったため四男の勝頼公が信玄公の跡を継いだ。1573年、信州の伊那で戦陣の途中に病死。臨終の時、「3年間を喪を秘せ」と遺言したと言われる。