徳川 家康

徳川 家康(とくがわ いえやす)は、戦国大名で江戸幕府の初代征夷大将軍。1543年~1616年。三河国岡崎の城主松平広忠の子で、岡崎城で生まれる。幼名は竹千代。竹千代は今川義元の人質として府中へ送られ、その後、尾張の織田信秀の元へ送られ2年過ごし信長と知り合う。そして人質交換によって駿府へ移されたがその経歴が後に役立つのである。当時の駿府は先進的な文化都市だったため、その時身につけた教養が全国制覇に大きく役立ったと言われている。信長の死後、豊臣秀吉が全国統一の戦いを始める。1587年権大納言に叙任され、後北条氏との縁戚関係を使い秀吉と氏直の仲介役を務めるも氏直は応じず、秀吉は小田原の役を起こす。この時、家康も豊臣軍の一員として出陣し、秀吉による天下統一が始まった。家康はわずか2年で将軍を息子の秀忠に譲り、駿府に引退して大御所となるが政治の実権はにぎり続ける。1616年に病死し、亡骸は駿府郊外の久能山に葬られた後、日光の東照宮に改葬された。