上杉 謙信
上杉 謙信(うえすぎ けんしん)は、戦国時代~天正時代の武将・大名。1530年~1578年。越後守護代長尾為景の四男として春日山城に生まれる。その後、父の病死したため、兄の長尾晴景が家督になる。景虎は元服した年に、兄の晴景が病弱だったために越後の豪族に反乱を起こされ、その豪族を討伐することで初陣を飾った。1548年、兄の晴景は景虎を養子とし、家督を譲った。各地を転戦し、相模の北条、甲斐の武田などの強敵と次々と争った。また、2度上洛して天皇、将軍に謁見献納している。謙信は1577年、春日山城に帰還し次なる遠征に向けての大動員令を発するも、遠征を開始する6日前に倒れ帰らぬ人となってしまう。生前、上杉 謙信は近衛稙家から和歌の奥義を受けるなど、文化人としての一面もあったため、公家との交流も深かった。上洛した際には恋歌を歌い参加者を驚かせたと言う話もある。「この盃すなわち我が後影なりといわれし」と語り、死去する1ヶ月前に肖像画と共に後姿を描かせたのだが、その後姿は盃の絵だったと言う。それほど酒を愛していたのであろう。